STAY COMFORTABLE


このグラフィックを作った頃の心情はすでに忘れつつも、意味合い的には文字通り居心地良ければそれで良いでしょう、裏を返せば、居心地が悪ければそこに居座る必要もないでしょう、といったシンプルなもの。いわゆるぬるま湯のようなものに浸かっているとして、そのぬるま湯がちょうど良ければそれで良いのだろうし、逆にそのぬるま湯にずっと浸かっていてはまずい、と思えばそこから脱すれば良いだけかなと。そこもさじ加減ではあるけれど、無理は禁物、くらいに。

最初は旅先で使えるヨガマットのようなものが欲しくて、Tシャツ用に作った絵柄から敷物も一緒に作って見せれたらと提案してみたものの、結果それほど簡単に作れるものでもないようで、最終的にちょっとしたアウターみたいなクオリティのブランケットも誕生しました。
そしてブランケットだけでも遊び心としては満足していたのですが、グラフィックがはまりそうだったから、ノベルティのミックステープも作りたいなということで。OughtのミックスといえばのTsuにはなんども作り直してもらいながらイメージに近づけてもらいつつ、たとえ再生されなくても物として成立するようにパッケージもこだわりつつ。
マス向けの産業も眺めながら、排他的なインディースピリッツも捨てきれず、色々思うこともあり、今回個人的にも意義のあるものにはなったなあと。そしてより居心地の良いもの・ところを求めて、妥協で終わらないよう、内容問わず手と頭は動かし続けなければいけないなと。

Indyvisual Online Store : Tシャツブランケットキャップトートバッグビーチサンダル

と、Oughtの2018年春夏のカタログ。














Ought Spring/Summer 2018

Model : Remi (BE NATURAL)
Photography : Hirama Takashi
Art Direction / Design : Nao Harada
Hair : Shinji Goto (g hair works)

http://www.oughtclothes.org/

Hello World.



終わりを告げられた世界に「こんにちは」と言うのは、なかなか勇気がいる気もするし、ただ賢くないだけにも感じられますが、急に思いついたやりたいことを実現させるためにはどうもKinectがあれば良いらしい、と不確かながら他に手立てが見当たらなかったので、物は試しで購入。

そもそも自分のMacで動くのかはかなり不確実だったし、もっとも怖かったのは、アダプターがもはや純正が正規の値段で出回ってないから買うなら思い切ってのバッタもんということで、終わったコンテンツに手を出すってこういうことなのかとか実感しながら。

結果、拾ったライブラリからエラーは吐き出すものの、何かしら繋がってはいる、という事実確認だけは済ませて安心し、そのまま時間がなくてさわれていないけれど、また自分の中の小さなエンジニア魂とともにやったことないことを頑張ってみようかなと。
これがもしイメージ通り、もしくは変わっても何かしらの形として残すことができたなら、延長線からそれた物事を習得したり挑戦することがこの先歳をとっても実現できるかどうかの個人的なバロメーターになりうるかなとか。自分がやってきたこととか、見てきた界隈から、そのちょっと先にいけないかなと。新たな視点・視角を得るために、井戸を這いのぼる気持ちを忘れずにいたいこの頃。

N Y C

今年の2月、縁あって、ニューヨークへ。

その1年ぐらい前、年末に1泊3日でオペラを観に行くという変な企画に乗っかり一応は行ったことがあるものの、実質ほぼ初めてでした。カメラは写ルンですの36枚撮り1つ。

アメリカというと、自分にとっては20代半ばに初めて訪れたLAに始まり、サンフランシスコ、ポートランド、シアトル、いつも行くのは西海岸ばかりで他の地域には格別訪れる機会も興味も無かったし、なんといってもカリフォルニアが最高だろうと疑わなかったし、暮らすならオレゴンの外れとか過ごしやすそうだなとか思ってみたり。でもやっぱり良質なアボカドとトルティーヤを求めるならLAだろうなとか、震災の直後は移住できないかなとかちょっと本気で考えてもみたり。

東海岸なんてとひとくくりに、人にどれだけ薦められてもニューヨークだけは全く興味を抱けなかったし、そんな訳だから今更感化されることも特にないだろうと、訪れてみることにした動機も家族的なことだったし、行ったあとの具体的な目的は一切無い状態で、それはもはや単なる散歩感覚に近く。
時間だけはあるしもう掘り出すしかないなと道中スリフトショップを巡るのをメインの活動にすえてみたものの、土地柄なのかしょぼい古着屋みたいなのばかりだし、スリフトじゃない気の利いたヴィンテージもののお店も含め、H&Mとかユニクロの服とかがやたらと多くて、形やデザインがいい物だとなおさらそうで、こんなものかーとなりつつ。

15年ぐらいまえに知り合っても実際に会えてはいなかった東側の友人にようやく会えたり、実際行ってしまえば、ディープなところに潜入するまでもなく、やはりあの空気感というのか、何も期待しないながらにもなんだかんだエンジョイしきってしまうものだけれど、毎日が過渡期に感じられる日々の中でこうして知らない土地に身を委ねてみると、思っていた以上に刺激を受けるもので、ここしばらく眠っていた自分の中の何かが揺り起こされるような感覚を覚えたり。

予想外に、自分の安易な想像と違っていただけとも言えるけれど、結論的にブルックリンよりマンハッタンが好きでした。何も知らないくせに、自分はどちらかといえばブルックリン、と昔からただそう思っていたけれど、それは確かにもっと若いときだったら影響を受けるのはそうだったかもしれないしその時に訪れていたらそのまま一番好きだったかもしれないが、マンハッタンの方が自分にはしっくりくる気がしました、暮らすわけでもないし。
実際のところ、ブルックリンも広いし、結果あまりよく知らないだけでもあって、色々回ってる時間が無かっただけというのもあるけれど、そんな中でブシュウィックは良かったなと。といってもリーガルな壁画に埋め尽くされてるようなエリアではなくちょっと離れた方。寂れた工業エリアのようなあのひらけた空間は、何もないからこそ、なんだか良かったなあと。旅行者目線で。

なにはともあれ、滞在中の時間をマンハッタン内で多くを割いたとはいえ、もちろんマンハッタンもシティバイクで半日かけまわってみたほど初めての旅行者目線なんですが、そもそもこんなに旅行っぽくアメリカに来たこともなかったけど、ニューヨークというか、そこはやはりマンハッタンなんだけど、なんかすげえんだなと。あくまでざっくりとだけれど、なんかすげえんだなと。アメリカの中では、やっぱりダントツなんじゃないかなと、何かが。そんな感覚でした。今でも好きなのは西海岸だけど、東京にも似たニューヨークの雰囲気は、何かしっくり来るものがあったなと。

その中でも訪れた中で格別気に入ったし感銘を受けたのは、New Museumと、Pace Gallery。New Museumは、やはり建物自体がすごいんでしょうけれど、細かい点を抜いて好きだったのは天井の高さとエレベーター。そして働いてる人たちの雰囲気。総じて良い空間に思えました。あとは、メインの展示も良かったけれど、以前台湾のトリエンナーレで見てから気に入っていたNathaniel Mellorsの展示を偶然見れたのも、あがりました。Paceも、その時の展示によるものだったかもしれないけれど、作品をどう見せるかというところに起因してるだろう、ライティングがとても良かった。やっぱり全てはライティングなんだと結論づけてもいいぐらいに作り込まれた空間でした。

アメリカに住みたいとかは無いけれど、確かにこういう場所にすぐ行けるとこに住んでたら良いよな、とはやはり思うし、まだまだ色々見れてない物も多いだろうし、次に行ける機会がいつなのか、案外すぐなのか、その前にカリフォルニア行かないの?という自問もありつつ、もしかしたら違う場所が先かなとかも思ったりしつつ。なんにせよ、何かきっかけになるような面白いものを自分自身作りださないとなと、刺激を受けないわけがなかった旅を振り返る備忘録として。

















AREth Early 2018










2017年の夏以来、Cinema 4Dで空間を作リ出す自由度にすっかり魅了されてしまい、これはもう自力で実写にコンポジットしてみるしかないなと、いつもの一抹のDIY精神と「できるかな」の好奇心で。

目指したのは技術的なリアリティさの追求ではなく、自然さと不自然さの同居というか、違和感が違和感無くそこに佇んでいるような、テクノロジーに引っ張られる現代に見られるような現実と非現実のあやふやな境界感というか。

あえてシンプルな球体や幾何学的な物体に適度なオーガニック感を持たせながら、空間やテクスチャーのバランスを取ることで商品の性質や見開きとしての見え方などもを考慮しつつ。プレーンさやナチュラル性が売りのブランディングだからこそ持たせられた違和感や鮮度というのもあるだろうし、閉塞感を覚えたらその時は破って行くほかないだろうということで。

自分自身10年前にはいずれコンピュータを使わない仕事をせねばとか言ってテクノロジーの脅威にビビリながら、手描きや生っぽさにこだわりながらも全くアナログ一辺倒でもないところに、iPad ProとApple Pencilの登場でいよいよ稚拙な考えも葬り去られ、映像しかりペインティングしかり、アプローチこそ違えど基本的なところで全て同じように捉えられるようになって来たもので。ジャンルや手法にこだわっていたら一瞬で取り残されそうだなとより思ったり。かといって多くを取るのも難しく、そして最終的に自分が好きなものややりたいことは昔とあまり変わらなかったり。なんにせよ散らばった点と点がそろそろ繋がってくるんじゃないかという、この頃です。

www.AREth.jp

SPEKS blogged by Nao Harada